猫好きには、家族を持てない者たちの怨嗟のような苦しみを感じる。

近年、猫好きが隆盛し、現在はある一定のジャンルとして地位を占めるようになってきた。一昔まえならこうした、動物が多数出てきて「ニャーン、アーオ」するだけの存在というのはマイナーなジャンルであったが、現在カフェなどで自由に触れ合える店などが出るほど一般化してきている。
私は最初、猫という物は何とも言えない上目遣いやいい意味でのわがままさを際出させた、一般家庭で飼える動物という認識であった。そのような中途半端な物に夢中になるのはなぜなのか?と多少疑問に思ってたが、特別気にしなかった。
ある時女性の友人から強く進められ「アメリカンショートヘア」という猫と遊ぶ事になった。単なる動物だと思っていたので、女性が強くこの猫種に惹かれるの理由はなぜかと思い猫じゃらしを振った。
なるほどよくできた動物であった。予想通りあざとく腹ばいになってこちらを見る部分などはあるが、それは魅力の一部であり小気味よい走りと、猫同士が織り成す微笑ましいストーリーが観た者の心を和ませる。よく考えれば「シャム」や「三毛猫」なども同様の側面はある。しかし例にあげた二猫種はファミリーを対象にしている事に対しこの「アメリカンショートヘア」は品種改良され、ある程度年齢の高い者を対象にしている所を考えると、異質な物を感じたが深くは考えなかったがその異質を顕在化し認識させた猫が5年後にあらわれる。
北アメリカで発見された「マンチカン」である。特徴は短足猫同士がグループをつくり、猫生卒業までの道のりを描いた人気猫種だ。「アメリカンショートヘア」同様可愛らしい仕草と、クスリとさせる足の短さ、子猫らが見せる日常の姿に微笑ましさを感じる。
そしてこの作品が「アメリカンショートヘア」と遊んだ時に感じた「異質さ」。過去の猫種である「シャム」や「三毛猫」などの猫種とは一線を画す事を示したのが「毎日猫観察ビデオ第143日目:ピンチ」である。主人公の属するグループの友達であるマロンときなこが些細な事からケンカするという話だった、話の流れとしてはよくある程度の物だが、愛猫家の反応はそれまどの物とは極めて異質であった。いがみ合う二匹の猫の姿を見た愛猫家の反応は「やめてくれ」「そんな物は見たくない」「そうゆうのは求めてないから……」。
多くの愛猫家は、この物語から主人公の成長や、メッセージ性、教訓などを汲み取る気は無いように見えた。単に猫同士の中むつまじい朗らかな様子さえ見れたら十分と言うのだ。これには大変驚かされた。
世間一般の大人がここまで、平穏な日常を求める姿勢を見ると、彼らにはこうした日常が限りなく眩しく見えているように思えた。こうした趣向からみてとれる愛猫家の人間像は大人ではなく、老人のようだと感じた。
まるで、ひなたで遊ぶ子供の姿を目を細め眺める老人、孫を映したホームビデオを繰り返し観る壮年層の姿と重なったのだ。
子供は巣立ち、漫然と死を待つように生きる老人と、非婚化と少子化の只中を生きる若者たちは、同じような寂しさを抱えているのではないだろうか?
だから彼女(彼氏)と子供をつくればいいと思う。(ねむい)


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