尻馬

kyoumoeが自分を講談社幾夜大黒堂に当てはめてるのが草不可避

非当事者性を刃物として振り回してんのはどこの誰だっけというね。

これからも「半可な理解で首突っ込んで批判されると相手をキチガイ扱い」の芸風を貫いて行ってほしいものだ

本当に厄介なのはこういう尻馬に乗って騒ぐ連中の存在ですよ。
例えば件の話だと「講談社を叩きたいがために性的マイノリティ差別反対という旗印のもとに暴れまわる当事者でもなんでもない連中」が大量に発生する可能性があるんですよ。
俺の時も明らかに俺を叩きたいがために来ているゴミみたいな連中がウジャウジャいたからな。


まあ講談社もそういう連中と戦うための団体ではないので自主規制もやむなしなんじゃないのと思いますよ。
いくら自分たちが正しいと信じたところで頭がおかしくて声のでかい人間が何人か来て騒いでいればいずれは講談社を叩きたいだけの連中がこれ幸いとばかりに押しかけてきて、それを見た一般の人が「こんなに叩かれているんだから講談社が間違っているに違いない」って思っちゃうんですよ。
思っちゃう人がまあ人口の1%だとしましょうか、それでも100万人ですよ。
100万人と戦うか、自主規制してその問題を知っているせいぜい数千人に貶されるのか、どっち選ぶって言われたら後者選びますよ。


で、こういう過剰な自主規制を防ぐためには例えば当事者団体が「いや別にやってもらっても構わんよ」みたいな声明出すのが一番だと思うんだけども、それを非当事者側から言うとまたどこかの誰かに「なぜマジョリティーのために我々マイノリティーが動かないといけないのか、横暴だ、上から目線だ、差別をわかってもらうために活動しているんじゃない、お前らが歩み寄れ」みたいなこと言われると思うんで言えませんけどね。
それで結局「もう触れないほうが全員得なのでは」という認識が広まってそのまま存在が抹消されてしまうという悪循環に。
当事者に意見聞くだけで差別呼ばわりされるんだぜ、もう無理だよ。


もちろんそういうのは極々一部(しつこい)だとはわかってるんだけどね。
無敵だからね、しょうがないね。
でもまあ過去に無敵と言われていた存在(察してください)が時代とともに無敵じゃなくなったという事例もあるのであと30年くらいすれば正常な議論が行えたりするんじゃないですかね。
30年後に表現が自由だったらの話ですが。
多分無理だな。